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2008.02.04 Monday 00:02

幕末散歩(高知・桂浜)

市電ではりまや橋へ出て、「南はりまや橋」のバス停から桂浜までは30分ほど。バスの間隔は20分くらいだったかと。
坂本龍馬記念館では書簡を中心に龍馬さんの事跡を紹介していました。近江屋の血痕の残る屏風や掛軸も。といっても屏風を含めてほとんど複製でしたが。(重文ばっかりですから当然といえば当然か…。)
でも年代を追ってまとめて見られるのは面白いと思います。それにしても龍馬さんの手紙はいろんな意味で自由すぎる(笑。家族大好きだよね、この人。
談話室や屋上から眺める太平洋も素晴らしかったです。

記念館のすぐ前には、山内一豊の前の領主、曽我部氏の居城であった浦戸城跡があります。山内一豊も一旦はここに入りましたが、すぐに高知城を建てて引越してしまったんだそうです。

katsurahama2.jpg記念館から遊歩道を道なりに歩いていくと、巨大な龍馬像が見えてきました。
わー、でかい!
なんとなく等身大を想像していたのでギャップにびっくりです。
こんなに大きな銅像を建てるくらいだから、桂浜と龍馬さんてよほど縁が深いのだろうなと、これも勝手に思い込んでいたんですが、あんまり関係ないようなのにまたしてもびっくり。そうなのか…。

浜辺に降りて、土佐金を見に閉館まぎわの桂浜水族館へ行きました。
自分で飼うほどの情熱はないですが、かわいいですよね、土佐金。しっぽをぶりぶりふりながら泳ぐのが何とも…
katsurahama5.jpg…………
……あれ?

なんか、様子が…

katsurahama4.jpg
!!
説明によると、土佐金は正しくは土佐錦魚と書いて「とさきん」と読むそうで、幕末の頃には須賀という下級武士の家で飼育されていたそうです。
…ぶりぶりしてるところは見られませんでしたが説明に描いてあったガクブルな土佐金が可愛かったからいいや。そっか、冬眠か…。

夕飯はもちろんたたきをいただきました。
しみじみ美味いなあ。
右往左往
author : 遠野 | comments (0) | trackbacks (0)

2008.02.03 Sunday 20:47

幕末散歩(高知・上町)

kouchi0.jpg土佐です。
幕末がらみではぜひ訪ねてみたい場所の一つだったので、ちょっと長めのお休みをもらった機会に出かけてきました。

高知に着いたらまずは龍馬の生まれたまち記念館へ。
こちらの記念館では、龍馬さんの実家があった上町の当時の様子が、パネルを使って紹介されていました。上町というのは職人や商人の町だったんですね。史料などの展示はありませんが、賑やかだった町の雰囲気が感じられる内容でした。
マップ等も揃っているので街歩きの際はまずこちらで情報収集してみるのもよいかと思います。希望すればボランティアの方が無料で案内して下さるそうですよ。(今回は時間がなかったのでお願いしませんでしたが。)私もマップを入手して気になるところを歩きまわってみました。
kouchi1.jpg kouchi2.jpg kouchi4.jpg kouchi5.jpg

写真は左から近藤長次郎屋敷跡(大黒屋というおまんじゅう屋さんだったそうです)、幕末ファンにはおなじみ才谷屋跡の喫茶店さいたにやさん、坂本龍馬誕生地、池内蔵太や望月清平・亀弥太兄弟の屋敷があった西町のあたり(碑なし)。
龍馬さんの実家=才谷屋ってイメージがあったんですが、才谷屋の分家なんですね。それでちょっと離れているのか。
才谷屋の前から北へ向かって江ノ口川を越えると、龍馬さんがちょっとだけ通った楠山塾の跡もあります(碑なし)。

鏡川の方には河田小龍邸跡や龍馬さんが剣術の稽古に通った日根野道場の跡があります(いずれも碑なし)。河田小龍は絵師兼学者で、もともと浦戸町に住んでいたそうですが、安政の震災にあってこちらに仮住まいしており、龍馬さんが師事したのはその頃だったのではないかと言われています。
嘉永5年、中浜・ジョン・万次郎が土佐へ帰国した際に取調べに加わった小龍は、白州での尋問だけでは物足りなかったのか、浦戸町の自宅へ万次郎を引き取ってしまうくらい熱心にアメリカでの体験を聞取り、「漂巽紀略」という本にまとめています。万次郎の体験したことが、その後の龍馬さんの思想にも少しは影響を与えているのかもしれないと考えると、本当に歴史とは不思議なものです。

(ああ、今日ちょうど大河に万次郎が出てきました。中浜も行きたかったんですが、あまりのアクセスの悪さに今回は断念しています。次回こそは…!)
右往左往
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