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2007.06.05 Tuesday 22:20

幕末散歩(赤坂)

高野長英隠れ家赤坂の前にちょっと寄り道して表参道で下車。スパイラルビルにある高野長英隠れ家跡の碑。
ビルの正面に向かって左側の柱(?)に埋め込まれていたんですけど、飲食店の看板に隠れていてしばらくウロウロと探し回ってしまいました。せっかく英語の説明まであるのに、こんなに目立たないんじゃもったいないよ…。

勝海舟邸跡氷川神社近くの勝海舟邸跡。
永井青崖に弟子入りした勝海舟が、赤坂溜池の黒田藩邸に通うために赤坂田町(現赤坂3-13-2)に移ったのが弘化3年。この氷川町に移ったのは安政6年、長崎海軍伝習所から戻ってからのようです。

勝安房邸跡こちらは明治5年から明治32年に没するまで住んでいた場所。


虎屋のお菓子TBSに迷い込んだりしながら豊川稲荷近くの虎屋本店へ。2階の虎屋文庫で「和菓子百珍展 その2」を開催中です。写真右は展覧会にちなんだ「辰」というお菓子。左は「唐衣」。(美味しそうに撮れなくて申し訳ないんですが、美味しかったです。)お茶は伊豆で買ったぐり茶でいただきました。
展覧会では読んだばかりの「幕末の毒舌家」に出てきた花餅や胡麻胴乱が紹介されていました。胡麻胴乱は中が空洞になった胡麻のお菓子で、餡が入っているように見えて入っていないことから、見掛け倒しな物や人を例えて胡麻胴乱と言ったのだそうです。これが「胡麻菓子」=「ごまかし」の語源なんだとか。他にも面白いお菓子やお菓子にちなんだ物事が紹介されていました。小さなスペースながらも一つ一つの展示に工夫が凝らしてあって、こういう見る方も見せる方も楽しくなるような展覧会は大好きです。
「幕末の毒舌家」で紹介されていた大谷木醇堂という人はかなりひねこびた性格で、恨みつらみ嫉妬で満載の文章を読むと「いやらしいなあ~」と思うんだけど、とても他人とは思えない部分もあって嫌いになれない。そのひがみパワーを全て書くことに注ぎ込んだ結果、膨大な著作を残しているそうなんですが、その中に坦庵さんについての記述もあるそうです。
醇堂先生の言い分によれば、坦庵さんに向かって「あんな無駄な台場造って、大金を海に捨てたようなものだ!」と叱り飛ばしたそうですよ。あー、そうですか(-_-)
作者の野口武彦さんは醇堂先生お得意のホラ話と一刀両断にしてましたが、もしかして現実だったらと思うとちょっと面白いです。品川の台場が役に立たないことを一番分かっていたのは坦庵さんだったでしょうから、相当苦虫を噛み潰しながら暴言に耐えたことでしょう。しかも「太郎左」(!)とか呼ばれてるし。「忍」だよ、坦庵さん!
右往左往
author : 遠野 | comments (0) | trackbacks (0)