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2007.05.27 Sunday 23:45

幕末散歩(上野)

輪王寺輪王寺、寛永時、東照宮をまわって動物園で五重塔を見学。寛永寺の徳川家墓所は入れないので、外側だけ見てきました。
動物園のゾウがいるところの奥の方に塀で囲われた一角があります。入ることは出来ないようでしたが、いかにも古そうな感じだったのでインフォメーションで訊いてみたら、藤堂高虎という人のお墓だということでした。
藤堂?藤堂って津藩の殿様の藤堂?
帰ってから軽く調べてみると、仕える主を何回も替えた人で、最後は家康に仕えて津藩の藩主になったと。へー。そういえば鳥羽伏見の戦で、いち早く官軍に寝返ったのが津藩でした。
新選組の藤堂平助が藤堂候の御落胤だという噂があったというのは有名な話ですが、平助も新撰組をある意味裏切って粛清されたというのは因縁めいた不思議な感じがします。

水浴びどうでもいいけど入園チケットの写真がハダカデバネズミだったのがショックです。パンダとかじゃないんだ…。
しかも楽しみにしていた動物はことごとくやる気なしモード。リンリン(パンダ)はまあ、そんなもんだろうと思いますが、バイソンまでそっぽ向いたままぴくりともしなかったのは悲しい。一番元気だったのがゾウというのは意外な結果でした。
ふれあい広場に入ろうとしたら、係りの人に「ヤギが飛びつくのでパンフレットはしまって下さい」って言われましたよ。ヤギ怖。ヒツジはウール100%の手触り。

黒田記念館黒田記念館の入り口の装飾。
無理やり幕末とこじつけると、黒田清輝は黒田了介と遠ーくで繋がってるとか繋がってないとか…。

池田屋敷表門もと因州池田家江戸屋敷の表門だそうです。流石大大名、門だけでこれなら屋敷は一体。

岩崎邸1上野公園の隣の旧岩崎邸庭園です。元越後高田藩江戸屋敷で、明治の中ごろに岩崎家の所有となり、邸宅が建てられたのは明治29年だそうです。洋館と和館があって、洋館の設計者はニコライ堂のジョサイア・コンドル。
写真はサンルームです。窓の外に見えるのは撞球室(ビリヤード場)。


岩崎邸2こういう邸宅に入る機会ってあまりないんですが、全体的に柔らかい印象を受けるお家でした。和館があるせいかな?
例えば旧朝香宮邸(庭園美術館)とかだと、建物はすごく素敵なんですけど自分みたいな小市民ではとても落ち着いて生活できないなと思うんですよ。でもこちらのお家だったら住めるもんなら住んでみたい。

和館の方では簡単な喫茶があります。
私ものんびりお茶をいただいてきました。
右往左往
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2007.05.26 Saturday 20:48

子供に「変な鳥!」って連呼されてたけど

ハシビロコウ
『おう、おいらはハシビロコウってんだ。こんな面ァしてるがガンくれてるわけじゃねえから安心しな。なに?上野の動物は皆だらけてやがるって?まったく四つ足の野郎どもは仕様のねえ。おいらは違うぜ。おいらが動かねえのはじっと機会を待ってんのさ。なんたっておいらはハンターだからな。
人生何事も忍耐が肝心だぜお客人。焦ったって何ともならねえ時はならねえもんさ。まあ茶ァでも飲んでよ、ゆるりと見学してってくんな。』

…カ、カッコイイ…。(『』内は妄想です。)
雑記
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2007.05.20 Sunday 15:43

同人誌と表現を考えるシンポジウム/5月19日・池袋

2006年4月に設置された「バーチャル社会のもたらす弊害からこどもを守る研究会」において、初めて公的な場で同人誌と同人誌即売会について言及がされたことを受けて開かれたシンポジウムです。
ですから今回は性表現についてが主な議題で、少しは出るのかなと思っていた著作権がらみの話はありませんでした。

参加者の割合はおおよそ以下の通り。
サークル:50%、イベント関係者:10%、一般:30%、出版関係者:10%
男子と女子の割合は7:3くらいかな?思っていたよりも若い女子がいて何だかほっとしました。

91年の有害コミック問題以降、イベント側、印刷業者、書店、それぞれが商業誌よりも厳しい基準をもうけて対応しているんだけど、アピールが足らなかった(外に対しても内へ対しても)。こういった規制に繋がる動きに対して闇雲に敵対するのでなく、同人誌といえども野放図に何でもOKというわけではないということを、ちゃんと説明していきましょうよ、というような内容でした。
アピールの一環として今回のようなシンポジウムを開いてみたということなんでしょうね。
詳細なレポはそのうちどっかにアップされるかと思います。(リンク集アップしてる方いらっしゃいました。こちら

私は男性向けジャンルとはほぼ無縁ですし、それ以外のジャンルもここしばらく購入数が減っているので、実際のところどういう状況なのか分かりません。主催側や書店はちゃんとチェックしているとは言ってますけど、実際どこまでチェックしきれているんでしょう?
ただ、女性向けに関しては、自分が同人誌というものを知った頃から比べて格段に表現力(何の、とは言いませんが。)が向上しているのは確かだと思います。ここ数年過激化しているにも関わらず、女性向けサークルに関しては性表現に関する問題意識はほぼ皆無。コミケでの”消し”に関するトラブルも、女性向けのサークルが多いんだとか。

二次創作(やおい)については性表現云々の前に著作権の方で限りなく黒に近いという自覚があるので、なるべく人目につかずにこっそりしていたいというのがあるんですよね。(…自覚あるのかな?という事例も多い昨今ではありますが。)でもインターネットというツールを手に入れて、こっそりやってた同志の出会いが増えてはしゃいでいたら、かわりに世間の目からも隠れようがなくなってしまった、と。
見つかってしまった以上はきちんと説明していく必要があるし、義務でもあるんじゃないかと腐女子の端くれとしては思います。(でないとどんどん大変なことに。

男性向けだろうが女性向けだろうがエロは読まないから規制が入っても不都合はないよという人も多いかもしれない。私もまあ、そんなには困ることもありません。(ちょっとは困る…。)
でも私は面白い漫画が読みたい。それはもう、切実に読みたい。

面白いもの。新しい何か。
それはいつも混沌の中から現れるんです。混沌、あいまいさ、米澤元代表が愛したもの。
だから米やんは法に触れること以外は何一つ拒まなかったし、規制の増加に繋がることには珍しく表立って反対してたんだと思います。コミケがポップカルチャーの底辺を支える一部であることは確か。ここ十年ぐらいに活躍し始めた作家の中で、同人文化に全く触れたことがない人を探す方が難しいんじゃないでしょうか。そのコミケの「なんでもあり」さがなくなったらどうなるのか。想像すると怖いです。

だけど同人誌書いたり読んでる人が、皆が皆それほど漫画を好きかっていうと、そうでもないんだよね。そのへんが主催者側の意図が伝わりにくい要因かもしれません。
漫画
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2007.05.18 Friday 23:40

受胎告知/東京国立博物館

レオナルド・ダ・ヴィンチ-天才の実像

レオナルドの「受胎告知」はガブリエルが美形なので好きなんですが、絵の内容がどうこうというよりも、この絵が日本にあるということ自体が奇跡で、その奇跡に感動しました。お金ないのかな、ウフィッツィ…。
じっと見てると天使が浮き上がってくるような感じは、印刷物では味わえない迫力。昔ウフィッツィで観た時よりも感動的でした。ウフィッツィは周りに世界遺産級がゴロゴロしてたこともあるし、その時はラファエッロの方に心が飛んでたこともあるけれど、何より自分の見方が変わったことが大きいと思います。いつかまた観にいこうと思っていたけれど、まさか自分が行く前に「受胎告知」が日本に来るとは。
それにしてもこれどうやって運んできたのかな。飛行機?船?どっちにしても墜落しようが沈没しようが絵だけは助かるくらいの重装備で運んできたんでしょうね。

金曜日は夜8時までやっているということなので、今日は無理くり定時退社して行ってきました。
受胎告知以外の展示は、主にダ・ヴィンチの研究内容を紹介するものでした。膨大な手稿の内容を再現模型等で説明していて面白かったんですが、時間がなくてかけ足になってしまいました。
その中でついじっくり見入ってしまったのはスフォルツァの騎馬像に関する資料群です。
ミラノのルドヴィコ・スフォルツァ(イル・モーロ)に依頼されたフランチェスコ・スフォルツァの騎馬像。実物大模型(馬の足のみ)の巨大さに唖然としました。蹄が人一人ではかかえきれないくらい大きいのです。あれで踏まれたら間違いなく死ぬ。制作のために馬そのものを研究し尽くしたのはもちろん、巨大な騎馬像を鋳造するための反射炉や組み立て用の機械の設計までやっているんですよ。一人ですべての仕事をやってしまうところがダ・ヴィンチらしいです。
会期終了までにもう一度くらい行きたいなあ。

余談ですが、国立博物館では秋から「大徳川展」だそうですよ!
右往左往
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2007.05.15 Tuesday 00:11

ペルジーノ展/損保ジャパン東郷青児美術館

ペルジーノ展~ラファエロが師と仰いだ神のごとき人~

本名ピエトロ・ヴァンヌッチ。ヴェロッキオの弟子で、ダ・ヴィンチやボッティチェリの同門。
ラファエッロのお師匠さんということくらいしか知らなかったペルジーノですが、1500年代のイタリアで一時代を気付いた人気画家であったのですね。彼のことを人々は敬愛をこめて”ペルジーノ”=”ペルージャの人”と呼んだのだそうです。

ラファエッロ初期の優雅な構図や穏やかさは、まさにペルジーノのものであったのだと思いました。信仰心の持ち合わせがない私でも、自然と穏やかな気持ちになってくる。
混んでいなかったせいもあって、いつまでも座って眺めていたいような、そんな展覧会でした。

ダ・ヴィンチも早いとこ観にいかないとと思うんですけど、死ぬほど混んでいるかと思うとなかなか足が向きません…。
右往左往
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