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2013.09.03 Tuesday 22:55

幕末散歩(下田2)

以下、まわった順に。

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(左)稲田寺。川路聖謨が宿舎としたり仮奉行所になったりしました。境内の立派な藤棚はぜひ花の季節に見てみたいです。
(中)おきちのお墓で有名な宝福寺。たまたま下田へやってきていた山内容堂公に勝海舟が竜馬脱藩の赦しを請うたのもここでした。その他アメリカやロシアとの交渉事にも使われたようです。
(右)ペリーに密航を断られたあと、柿崎村の名主のもとに出頭した吉田松蔭が、平滑獄に入れられる前に拘禁されていた長命寺の観音堂の跡。宝福寺から吉田松陰拘禁之跡までの間に岡方屋跡がありました。松蔭先生に蓮台寺の温泉を勧めた宿です。今は下田旅館になっています。

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(左)了仙寺。下田条約が締結されたところ。
(中)長楽寺。日米和親条約が締結されたところ。
(右)ペリー上陸の碑。
了仙寺へ行く途中で開国博物館に寄りました。建物が二つに分かれているんですが、最初の方では松陰先生の下田での足跡や、下岡蓮杖が紹介されていました。松陰先生が平滑獄に入っているところを再現した展示では結構な数のお賽銭が…。なぜ、と思いつつなんとなくわかる気もします。頭、良くしてくれそうだもんね、松陰先生…。
2号館はペリー艦隊やハリス、プチャーチンの遺品を中心に展示されていました。ディアナ号関連は戸田より展示が多かったなあ。

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(左)安直楼。おきちの小料理屋。
(中)船宿角谷跡。安直楼から欠乏所跡へ行く途中の道で見つけました。容堂公と会った際に勝さんが泊まったのがこちらだそうです。
(右)欠乏所跡。外国へ欠乏品を提供するという名目で開設されましたが、事実上の交易所でした。今は平野屋さんというステーキ屋さんになっています。ちょうどお腹も空いていたのでハンバーグをいただきました。美味しかった!

shimoda06.jpg港をぐるりとまわって、松蔭先生と金子重輔が夜を明かしたという祠がある弁天島へ行ってみました。島といっても現在は陸続きになっていて、徒歩で渡ることができます。写真はちょうど島から見えた遊覧船のサスケハナ号(○印)。当時はどんなふうに見えていたのかなあ。

shimoda07.jpg玉泉寺。初のアメリカ総領事館。柿崎村にあったため「下田じゃないじゃないか」とハリスは最初断ったそうです。
写真右上はペリー艦隊乗員のお墓。元の場所から移動したらしいですが、今の場所からは下田港が良く見渡せます。
写真下はディアナ号乗員のお墓と猫。人懐こい美人さんでした。この前にさんざん犬だの馬だの触って動物の匂いまみれだったにもかかわらず、おもうさまもふらせていただきました。嬉しい。
右往左往
author : 遠野 | comments (0) | -