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2007.11.28 Wednesday 00:19

幕末散歩(品川・もうひとつの涙橋)

旧東海道沿いに旧跡を訪ねてみました。

品川寺(ほんせんじ)の向かいにある釜屋跡。鳥羽伏見の戦いで敗れた後、江戸に戻った新撰組が滞在した宿です。案内板によると、本陣のような立派な作りの宿で、幕府の御用宿として使われたことも多かったようです。

shinagawa2.jpg京急線青物横丁駅から隣の鮫洲駅までは歩いてもそんなにかかりません。途中の海晏寺には岩倉具視や松平春嶽、由利公正などのお墓があるそうですが、公開はされていないようなのでパス。鮫洲駅から第一京浜にかかる歩道橋を渡ると大井公園の入り口がありますが、入り口を入らずに左手の奥のほうへ行くと、立会小のすぐそばに山内容堂公の墓所がありました。幕末の四賢侯の一人、土佐藩15代藩主山内豊信。倒幕の一翼を担った土佐藩ですが、容堂候自身は幕府擁護派でした。
そのどっちつかずな態度がいろいろな悲劇の要因になったのかもしれません。だとしてもなんとなく憎めない人です。このあたりは土佐藩の下屋敷があった場所で、容堂候の遺言によりこの大井村の下総山(土佐山)に葬られたということです。

shinagawa3.jpg京急線で一駅、立会川駅で下車して旧東海道に出ると、立会川にかかる浜川橋があります。別名涙橋。南千住の小塚原の前にあった『泪橋』と同じく、刑場に向かう最後の橋であるところから涙橋と呼ばれたそうです。

渡って少し南へ歩くと鈴ケ森刑場跡。
処刑に使った土台などが残されているんですが、それより何より、無数に建てられている石碑に薄ら寒いものを感じました。まるで必死に何かを鎮めようとしているかのような…。
そういえば「新撰組余滴」に近藤さんがこのへんで野犬に襲われた話があったなー。しかも夜。夜中にこんな所を通ろうと考えるあたりが流石近藤さんというか。(でも犬には勝てなかったみたい。)
右往左往
author : 遠野 | comments (19) | trackbacks (0)