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2014.02.10 Monday 21:20

香港散歩-馬湾-

香港には「馬」が付く通りや地名がたくさんあります。
「馬」が付くストリート巡りはどうだろうと考えていたところ、香港ナビさんに先を越されてしまったので、今回は青衣と大嶼山の間にある馬湾という島へ行ってみました。

mawan01.jpg馬湾へは中環の2番埠頭からフェリーで30分ほど。
昔は小さな漁村があるきりだったようですが、今では高層マンション群が立ち並んでずいぶん様変わりしたようです。
フェリーは朝夕の通勤時間帯は15~30分ごと、他の時間は1時間に1本程度でした。

珀麗湾埠頭でフェリーを降りると目の前には高層マンション。フェリー乗り場の近くにはコンビニや茶餐廳、パシフィックコーヒーもあります。
小さい島なので、大体の方向さえつかんでいれば迷っても何とかなるだろうと高をくくって適当に歩き出します。
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2013.09.03 Tuesday 22:55

幕末散歩(下田2)

以下、まわった順に。

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(左)稲田寺。川路聖謨が宿舎としたり仮奉行所になったりしました。境内の立派な藤棚はぜひ花の季節に見てみたいです。
(中)おきちのお墓で有名な宝福寺。たまたま下田へやってきていた山内容堂公に勝海舟が竜馬脱藩の赦しを請うたのもここでした。その他アメリカやロシアとの交渉事にも使われたようです。
(右)ペリーに密航を断られたあと、柿崎村の名主のもとに出頭した吉田松蔭が、平滑獄に入れられる前に拘禁されていた長命寺の観音堂の跡。宝福寺から吉田松陰拘禁之跡までの間に岡方屋跡がありました。松蔭先生に蓮台寺の温泉を勧めた宿です。今は下田旅館になっています。

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(左)了仙寺。下田条約が締結されたところ。
(中)長楽寺。日米和親条約が締結されたところ。
(右)ペリー上陸の碑。
了仙寺へ行く途中で開国博物館に寄りました。建物が二つに分かれているんですが、最初の方では松陰先生の下田での足跡や、下岡蓮杖が紹介されていました。松陰先生が平滑獄に入っているところを再現した展示では結構な数のお賽銭が…。なぜ、と思いつつなんとなくわかる気もします。頭、良くしてくれそうだもんね、松陰先生…。
2号館はペリー艦隊やハリス、プチャーチンの遺品を中心に展示されていました。ディアナ号関連は戸田より展示が多かったなあ。

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(左)安直楼。おきちの小料理屋。
(中)船宿角谷跡。安直楼から欠乏所跡へ行く途中の道で見つけました。容堂公と会った際に勝さんが泊まったのがこちらだそうです。
(右)欠乏所跡。外国へ欠乏品を提供するという名目で開設されましたが、事実上の交易所でした。今は平野屋さんというステーキ屋さんになっています。ちょうどお腹も空いていたのでハンバーグをいただきました。美味しかった!

shimoda06.jpg港をぐるりとまわって、松蔭先生と金子重輔が夜を明かしたという祠がある弁天島へ行ってみました。島といっても現在は陸続きになっていて、徒歩で渡ることができます。写真はちょうど島から見えた遊覧船のサスケハナ号(○印)。当時はどんなふうに見えていたのかなあ。

shimoda07.jpg玉泉寺。初のアメリカ総領事館。柿崎村にあったため「下田じゃないじゃないか」とハリスは最初断ったそうです。
写真右上はペリー艦隊乗員のお墓。元の場所から移動したらしいですが、今の場所からは下田港が良く見渡せます。
写真下はディアナ号乗員のお墓と猫。人懐こい美人さんでした。この前にさんざん犬だの馬だの触って動物の匂いまみれだったにもかかわらず、おもうさまもふらせていただきました。嬉しい。
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2013.09.02 Monday 23:26

幕末散歩(下田1)

久しぶりの幕末散歩です。

伊豆急下田駅から、まずはバスで蓮台寺へ。
蓮台寺にはペリー艦隊への密航を企てて下田へやってきた吉田松陰を匿っていたというお家が残っています。
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松蔭先生が下田で疥癬病を悪化させた際、良い湯治場はないかと探して紹介されたのが、蓮台寺の温泉でした。
当時は幕兵がうろうろしていましたから、金子重輔と二人で夜にこっそり温泉につかっていたところを、漢方医をしていた村山行馬郎という人が見つけ、それならば家で養生するようにと匿ったのだそうです。
写真右上はお風呂場。当時は温泉だったのでしょうが、手を入れてみたらお水でした。
松蔭先生を匿っていたという、二階の屋根裏部屋のようなお部屋(写真右下)。当時は家のまわりに木が生い茂っていて、外からでは二階があるとわからないようになっていたそうです。

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バス時間に余裕があったので、反射炉跡のバス停まで歩いてみました。
韮山にある反射炉はもともとこのあたりに建造する予定でしたが、下田の開港が決まり、米兵がこのへんまでやってくるようになったため建造を中止して韮山に移りました。
特に何か残っているわけではなく、バス停の名前でこのあたりだったことが分かるだけです。
また、江川家文書に、建設予定地の本郷村の絵地図が残っているそうですが、写真の道を少しいったところに「本郷橋」という小さな橋がかかっていました。
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2013.05.11 Saturday 02:49

ラファエロ展 プレミアム鑑賞ナイト

日本でラファエッロの名を冠した展覧会にお目にかかれるなんて、一生に一度のことかもしれません。悔いが残らないように観てきました。
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2010.09.22 Wednesday 23:00

アンコール遺跡探訪記・2日目-2

angkor13.jpg一旦シェムリアップの街へ戻ってお昼ごはん。
リーリーレストランで牛肉のロックラックを食べました。これがまた美味しい!
カンボジアのご飯はくせの強い香辛料や香草がはいっていなくて食べやすいです。
angkor12.jpg日本人と味覚が似てるのかなあ……と思っていたら、前の席にいたお兄さんが焼き飯にこれでもかってくらいチリソースかけて食べはじめた。(後日別の人がやってるのも見た。)
うーむ…。

アンコールの遺跡の素材は主に3つあります。
レンガ、砂岩、ラテライト。
それぞれの素材で風合いや印象が変わるのが面白い。
カンボジアは山が少ないので岩や石を手に入れるのは大変だったようです。
ゆえに昔のものはレンガで造られたものが多く、崩れやすいのだとか。

angkor14.jpg午後1つ目はバンテアイ・スレイを訪れました。
砂岩で作られたこぢんまりとした遺跡です。
ピンクがかった色合いとあいまって、女性的で可愛らしい印象を受けます。

ここバンテアイ・スレイは細かいレリーフが残っていることで有名です。
中でも有名なのは”東洋のモナリザ”と呼ばれるデバターのレリーフですが、保存のためかあまり近くに寄ることはできませんでした。
angkor15.jpgそして数あるレリーフの中で気に入ったのはこちら。シヴァ神、奥さんとお出かけの図。
角度の加減で牛の瞳がつぶらに見えてかわいいのです。

ちなみに牛の名前はナンディ君というそうですよ。かわいい。

angkor16.jpgバンテアイ・スレイから戻ってプレ・ループとタ・ケウを回りました。
どちらも高さのある遺跡です。
夕刻近かったのでプレ・ループは日没待ちの人たちが集まっていました。
夕日の鑑賞スポットはいろいろあるみたいで(プノン・バケンが有名ですね)ここもその一つのようです。
この日はとうとう雲が晴れることはありませんでしたが…。


angkor17.jpgタ・ケウは思っていたより高い建物で、ものすごい急な階段を登りました。
てっぺん付近で2、3歳くらいの子供を連れた親子がいましたが、どうやって登ったのか…。
この頃にはいい加減日も落ちてきていたので、ろくな写真がないのが残念です。
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